プレイヤーであり続けること。
そのピッチには、居候先プロダクションの企画部スタッフといっしょに4社全7案をまとめ、応募した。
私はCD役としてみんなにオリエンをし、ブレストや打ち合わせをしながらも、かつプランナーとして自分でも企画をした。
みんなの仲間でありながら、競争相手でもあるという立場を貫いた。
独立後の自分のテーマとして、書くことから逃げない、何が何でも書く、石にかじりついても書く、ということを決めている。
プレイヤーであり続けることは譲れない。
CDという名のまとめ役に徹してしまえば、楽ではあるのだが、それをやってしまったら何のためにフリーになったのかわからない。本末転倒になってしまう。
「勝つために」という美名が大手を振るうのが代理店という場所だった。その美名を口にすると楽なのである。だから弱いものは口にする。私はそれで楽をした。その結果何も作れなかった10年間がある。
大事なのは自分だろ。どんなに無様でも自分の作りたいものを作り続けたい。
For the teamを掲げながら、一方では肉食獣のように個人プレーを主張するのは、むずかしいことだ。逃げ道がない。弱気ではやれない生き方だ。損か得かといったら、損かもしれない。
でもそれで行こうと思っている。
新しいチャンス到来か。
居候している会社のプロデューサー氏が、公募によるピッチの仕事を見つけてきた。
某省庁が映像コンテンツ産業を振興するために主催するプロジェクトだという。
全国からの有志の企業がクライアントとなって参加し、自社の製品や事業のブランディング映像を制作するために公募形式でピッチを行うというものだ。
JACから回ってきたお知らせにさりげなく載っていたというこのイベント。詳しい内容はわからないがもしかするとおもしろくなりそうだ。
ともかくオリエンを聞きに行ってみようということになった。
オリエンは、オフィス街のビルの中にある広いホールで行われた。
満席であった。
大勢の人の中に知っているプロデューサーの顔も何人かみつけた。向こうは私の顔を見るとちょっと驚いている。あれ、こんなところで?という顔をしている。来ているのはプロダクションの人がほとんどだから、まだ代理店の人というイメージが強い私がいるのは意外に思ったのかも知れない。
オリエンは約3時間に渡って行われた。
全国、8つの会社から来た代表者が入れ替わりで壇に登り、熱のこもったスピーチをしてくれた。
オリエンというよりも、むしろプレゼンテーションと呼んだ方がふさわしい。
業種は多岐に渡るが、起業したての若い会社あり、老舗会社の新規プロジェクトあり、どの会社のプレゼンターも自社の事業や商品について、また直面している課題について、率直な言葉で真摯に語ってくれる。企画への期待感がひしひしと伝わってくる。
聴いてるうちにすごくやりたくなった。
率直に語る彼らの課題解決のために、自分の企画で応えることができるなんてクリエイティブ冥利につきるではないか。
とりわけとにかく何か作りたくてしょうがない私のような駆け出しフリーランスにとっては願ってもないチャンスだ。
運良く形になれば雑誌やインターネットで紹介されることもあるかもしれず、絶好の名刺代わりになる。
やってみようぜ!
オリエンの後、オフィス街の居酒屋で私たちはビールを飲みながら盛り上がった。
教訓。古巣の人脈に頼らないネットワークを作ること。
その仕事は、独立後に声をかけられた初めての大きな仕事であり、競合に勝てば自分の名前をとどろかせることができ、新たな仕事が入ってくるきっかけにもなり得るわけで、私は半ば恐怖感におののきながら、しかし楽しみにして待っていたのである。
組むべきスタッフの目当てもつけていた。
若い頃いっしょにやって今はフリーになっているAD、会社をやめて今はプロモーション会社にいる営業、懐かしい顔を私は思い浮かべていた。彼らならきっと力になってくれるだろう。
ところがくだんのプロデューサー氏から連絡があり、残念ながら他のCDで決まりましたと伝えられた。
残念である。
一方どこかでほっとしている。
ほっとするなんて自分はまだまだフリーでやっていく気構えが足りないとつくづく思った。
しかし、これも経験である。
こうして人は強くなるのだ。
次の仕事が来る前にネットワークを作っておくぞ、と心に決めた。
知り合いのプロデューサーから仕事の相談の連絡が来た。
知り合いのプロデューサーから仕事の相談の連絡が来た。
やった!
地方の代理店からの仕事で、競合プレゼン案件だという。
あなたをCD候補として提案してもいいですか、というので「やります」と答えた。
競合相手の1社は私の古巣の会社だという。
ということは、古巣と関係のある会社やスタッフは使えないことになる。
だいじょうぶですか?と聞かれて、だいじょうぶと答えたものの、ちょっとあわててしまった。
会社員時代は、当然のことだが、仕事はほとんど会社関係のスタッフと組んでやっていた。
フリーになれば、まして競合ということになれば、もちろんそういうわけにはいかない。
外から新しいスタッフや会社を見つけてきてパートナーを組まないと何一つ仕事ができないのだ。
引っ込み思案になっているわけにはいかないのだ。
このことは予想しなければならないことだった。
ここであわてるなんて、フリーとしての覚悟ができてなかったと言われても仕方がない。
と、正直にいうと引っ込み思案になりそうになっている自分を叱咤しなければならなかった。
代理店クリエイターだった35年。
コピーライターとして5年、CMプランナーとして10年、クリエイティブディレクターとして20年やってきた。
今までに自分が作った膨大な数のCMをざーっと見てみると、CMプランナー時代に作ったものが中でも圧倒的におもしろい。一個一個、毎回いろんな表現を試しているのがわかる。失敗作もあるが冒険心にみちた意欲作が多い。今流しても新しいのではないか、と思われるものさえある。
そういう意欲的な作品の中にこそ「自分らしさ」がきらりと見える。
何よりも、自分がすごく楽しそうだ。
あの頃は失敗しても怖くなかった。たとえ転んでも、うまく良い方向に転がるような気がしていた。そういうときは失敗しないのである。
作ったCMはヒットし、賞を取り、仕事がたくさん来るようになり、私は昇進してクリエイティブディレクターになった。
作品集を見ると、CDになっても始めの10年間はまだ楽しそうに作っている。
でも最後の10年は、見ていて悲しい気持ちになってきた。
ちっとも楽しそうじゃないのだ。
自分が「仕事と思っていること」がいつの間にか変質していたのだ。
「世の中をあっと言わせること」から
「会社員として周囲を満足させること」に。
最後の10年間は、仕事をしていても楽しくなかった。
自分らしくない自分にたぶん腹を立てながら仕事をしていた。
教訓。一人でやるんだという自覚を持たなければいけない。
私の「事務所」は築地にある。
厳密に言うと、築地にある某プロダクションのオフィスの中に、デスクを一つ借りている。
はるか昔新入社員の頃に勤務していたオフィスがあったビルの隣のビルである。原点に戻ったような気がする。再出発の場所にはふさわしいと感じている。
机一つから始める。これもシンプルでいいと思う。
この机の上からおもしろい企画をこれからどんどん生み出すのだ。
デスクの隣やまわりには居候先プロダクションのスタッフたちがいて忙しく仕事をしている。
彼らとは朝の挨拶をしたり、冗談を言い合ったり、昼飯をいっしょに食いに行ったり、たまには飲みに行ったりもしている。
まるで会社にいたころの続きのようだと、言えば言える。
これが自分一人きりのオフィスだと、きっと時にはさびしくなることもあるだろう。
先日あるフリーの友人と話をしたときに、
「そういう環境うらやましいです」
と言われた。
彼は自宅のマンションを事務所にしており、独身なので、寝るときも、食事するときも、仕事をするときもいつも一人きりだという。
話し相手がいないのはもちろんだが、いつ仕事を始めてもいいし、いつ昼飯にしてもいいというのは、けっこうつらいのだという。
そう言われてみると、彼とくらべて私は恵まれているのかもしれない。
しかしこうした環境に甘えてはいけないのだと思う。
机を並べているプロダクションの人たちは私の同僚ではない。
私は一人で事業をやっているのだ。
勘違いしてはいけない。
長年続けた会社員生活のためについつい、誰かがそばにいると寄りかかってしまいそうになる。
情けないが自分にはそういう弱さがある。
一人でやるという自覚を持て。
「待ってるだけじゃ仕事は来ないよ」
今年になってから11本、映画を見た。
今日は1月30日だからけっこうなハイペースである。
しかし仕事はまだ1本もない。
フリーになって3ヶ月になる。
事務所には毎日出勤している。
昼飯を食って、映画を見て、帰る。
それだけだ。
収入はゼロ。
しかし焦らない。
いや正直焦ることもある。
しかし焦ってはいけないと言い聞かせている。
昨日フリーランスで成功している先輩の事務所を訪ねたときに、
「待ってるだけじゃ仕事は来ないよ」
と言われた。
なるほどその通りだ、と思った。
このままじゃいつまで待ったって仕事は来ないだろう。
それはわかるが、でも仕事をとるために具体的に何をしたらいいのかがよく分からない。
しかし焦るな、と再度自分にいう。
自分は何を求めているのか。そこを見失ってはならない。
私は作りたいのだ。
会社をやめるまでのこの10年間、自分は作ることをしていなかった。
やめるとき自分はやり残したことがあるような気がした。
自分がほんとに作りたいものを作りたい。
だからフリーランスになった。
金ではない。
金は欲しくないことはないけど、でもそれが目的じゃない。
私は作りたいのだ。
昨日の先輩の言葉ががーんと頭の中に響き続けている。
待ってるだけじゃ仕事は来ない。
ほんとにその通りだ。何かをしなければならない。